平成4(オ)2122 最高裁第二小法廷 平成9年(1997年) 2月28日

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主文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理由

kuma

文中の下線(アンダーライン)は、
判決文に下線が引いてある部分です。

 上告代理人中村洋二郎、同中村周而、同土屋俊幸、同金子修、同上条貞夫、同志村新、同中野麻美、同工藤和雄、同鈴木俊、同川上耕、同高橋勝、同足立定夫、同味岡申宰の上告理由について

一 事実関係

  所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認し得ないではなく、その過程に所論の違法はない。原審の適法に確定した事実関係(右の事実を含む。)の概要は、以下のとおりである。

 1 被上告人は、肩書地に本店を有する地方銀行である。上告人(昭和四年一一月四日生)は、昭和二八年四月に被上告人に入行し、昭和五四年八月に部長補佐、昭和六一年一二月に業務役となり、平成元年一一月四日をもって六〇歳達齢により定年退職した。

 2 従来、被上告人では、就業規則に定める定年である満五五歳になっても在職を認められる行員が多かったが、D組合(昭和二一年結成。昭和二四年に「E組合」と改称。以下「組合」という。)から定年を五八歳に延長することを繰り返し要求されたにもかかわらず、被上告人は、これに応じず、就業規則上では一貫して満五五歳を定年としてきた。昭和五八年に後記の変更がされるまで適用されていた被上告人の就業規則は、昭和四〇年改正後のものであるが、そこでは、「職員の停年は満五五歳とする。但し、願出により引続き在職を必要と認めた者については三年間を限度として、停年後在職を命ずることがある。」と定められており、また、退職金規定では、「この規定において停年とは満五五歳をいう。」と規定され、定年後在職を認められた者の退職金につき、五五歳に達した時の本俸を基礎として五五歳までの勤続年数により計算するものとし、五五歳以降の勤務に対しては一定割合の特別慰労金を支給する旨が定められていた。

 3 被上告人においては、行員が定年後も在職を希望する場合には、在職許可の願書に健康診断書等を添えて提出することとされ、願い出が認められると、「停年後在職発令通知書」が交付されていた。実際の運用状況をみると、男子行員については、健康上の理由等で勤務に耐えない者を除いて、希望者の定年後在職が認められてきていた。

 昭和四二年度から昭和五七年度までの一六年間をみると、男子行員のうち約九三パーセントが定年後も在職し、その約七、八割が五八歳まで勤務している。

 しかし、他方、女子行員については、一名を除いて定年後在職は認められていない。

 また、昭和三〇年代の被上告人と組合との交渉においては、五五歳を超えて在職中の行員につき、定年前の行員と区別して、原則として昇給させないことで妥結したこともあり、被上告人が、定年後の定期昇給について、実情に応じて個々に検討して昇給させているが、定年制は尊重したい、五五歳以上は恩恵的なものであると回答したこともあった上、定年後在職期間は、退職金の計算上勤続年数に算入されず、福利厚生制度の適用もなくなるなど、定年後の在職が、上乗せ措置であり、定年前の在職とは異なる特種の待遇であるという建前は崩されていない。

 このように、行員が、必ず定年後在職制度の適用を受けることができ、かつ、その適用を受けたときには、五五歳以後も当然に給与、定期昇給の実施、賞与、役職等について五四歳時の水準を下回らない労働条件で五八歳まで勤務することができるという既得の権利ないし法的地位を有していたものではない。

 4 昭和五〇年代に入ると、六〇歳定年制の実現を中心とする高年齢労働者の雇用の安定を図る動きが活発化し、昭和五一年には高年齢(五五歳以上)労働者を常用労働者の六パーセント以上雇用することを努力義務とする中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法の改正が行われ、昭和五三年一〇月には、労働省主催の定年延長推進懇談会において、五五歳定年制が主流になっていた銀行業界等六業種に対し、定年を六〇歳に延長するよう要請がされた。

 昭和五四年ころまでには、六〇歳までの定年延長が課題であり、それに伴う賃金制度、退職金制度等の見直しの必
要性があることについて、経済界及び労働界にある程度の共通認識が形成されてきた。

 こうした動向に対応して、都市銀行の多くは、昭和五六年四月から定年を六〇歳に延長し、地方銀行においても、昭和五七年ころから六〇歳定年制を採用する銀行が現れ始めた。

 被上告人に対しては、昭和五六年一〇月に新潟県知事から定年延長及び高年齢者の雇用率六パーセントの実現について書面による要請があり、昭和五七年三月には、労働大臣から、六〇歳定年制の早期実施を求める要請があるとともに、定年延長問題に対する取組状況につき報告が求められた。

 5 組合は、昭和五七年一〇月、定年延長に関する執行部案を可決し、被上告人に対し、定年を六〇歳とし、職務処遇、賃金及び退職金については現行制度及び体系を基本として継続する旨の定年延長要求を提出した。

 被上告人は、人件費の増加、人事の停滞等への影響も考慮しなければならず、定年延長をした場合の職位や賃金等の見直しを検討する必要があるとして、組合との交渉の後、右要求に対し、定年を五五歳から六〇歳に延長するが、現行本俸を基本本俸と加算本俸とに分割し、加算本俸は五五歳に達した日の翌月一日以降支給しないなどとする内容の回答をした。

 その後、五五歳以降の賃金水準の引上げを要求する組合との交渉が続けられた結果、昭和五八年三月八日、被上告人は、加算本俸の割合の減少、特別融資制度の新設等を内容とする修正回答をした。

 組合(行員三五四五名の約九〇パーセントの三二〇五名が加入していた。)では、支部長会議において定年延長要求を終息させることを確認し、職場討議を行い、執行部に対する批判もあったが、最終的には中央委員会により修正回答の受入れが決定された。

 そこで、被上告人と組合は、同月三〇日、右妥結内容に従って定年を延長することを内容とする労働協約を締結し、被上告人は、就業規則の定年条項、給与規定及び退職金規定を改正して、同年四月一日から六〇歳定年制(以下「本件定年制」という。)を実施した。

 6 上告人は、昭和五九年一一月四日に五五歳になったが、本件定年制実施の結果、上告人の五五歳以後の給与等については、従前の定年後在職制度の下で定年後在職を認められた者についておおむね実施されていた労働条件による場合に比べて、次のような相違が生じた。

 (一) 給与等

  (1) 加算本俸分の不支給

 五五歳末満の者を含め、従前の本俸を基本本俸、加算本俸に分割し、加算本俸は満五五歳に達した日の翌月一日以降支給しないこととされたため、従前は五四歳時の定例給与が引き続き支給されていたのが、加算本俸分(上告人のような事務行員については、月五万八一〇〇円)の支給がされなくなった。

 (2) 役付手当の減額

 従前は、定年後在職する者の役職が変更されることはなく、役付手当が減額されることもなかった。これに対し、本件定年制の下では、新設する職位を含め、職位に対応した手当に改定して支給することとされ、役職者は五七歳以降原則として新設する参事役、副参事役、業務役、副業務役に就くと定められた。

 上告人は、昭和六一年一一月に五七歳に達し、同年一二月に部長補佐から業務役の職に変更になったため、役付手当が五万円減額された。

 (3) 定期昇給の不実施

 従前は満五五歳以降も定期昇給が実施されていたのが、実施されなくなった。

 (4) 賞与の減額

 従前は、満五五歳以降も「(本俸+家族手当+役付手当)×六・八箇月(夏季三・三箇月、冬季三・五箇月)+資格別定額」と計算されていたのが、「(基本本俸+家族手当+役付手当)×三箇月(夏季一・五箇月、冬季一・五箇月)+資格別定額」と計算されることとなった。

  (1)ないし(4)の変更の結果、五五歳に達した後に上告人が得た年間賃金は五四歳時のそれの六三ないし六七パーセントになり、上告人が従前の定年後在職制度の下で五五歳から五八歳までに得ることを期待することができた賃金合計額は、本件定年制の下で行われたのと同様のべースアップ等がされたという仮定をした場合、二八七〇万九七八五円であるのに対し、本件定年制の下で五五歳から五八歳までの間に得た賃金合計額は一九二八万〇一三三円であり、後者が九四二万九六五二円少なくなっている。

 なお、本件定年制の下で五五歳から六〇歳までに得た賃金合計額は、三〇七八万七二七八円である。

 (二) 退職金

 本件定年制の下では、五五歳に達した時の本俸を基礎として五五歳までの勤続年数により計算した額に五年間分の特別慰労金分を加算した額を満六〇歳定年時に支給することとされ、五五歳以上五八歳以下で自己都合等で退職した場合の退職金は、従前の定年後在職制度の下での計算よりも増額されることとなった。

 上告人は、六〇歳退職時に一二二九万九〇〇〇円の退職金の支給を受けた。

 従前の定年後在職制度の下で五八歳退職を前提に計算すると、退職金と特別慰労金の合計が一二〇五万七三〇〇円となり、本件定年制による方が二四万一七〇〇円多い。

 (三) 福利厚生制度

 災害補償規定、家族年金制度その他の福利厚生制度は、五五歳から六〇歳まで延長適用されるようになり、弔慰金・傷害見舞金制度の支給率、支給年限が上積みされ、五五歳以上の世帯主行員に対する特別融資制度が新設され、既往の住宅貸付の返済負担を軽減するなどの措置が採られた。

 7 被上告人の昭和五八年当時の行員の平均年齢は地方銀行の平均よりも高く、今後更に高齢化が進む見通しであり、六〇歳まで定年を延長すると、五五歳以上の行員数が逐年顕著に増加し、これらの行員の年間賃金総額は、それを五四歳時の賃金水準で支払うとなると、昭和五八年度は七億九三〇〇万円、昭和六〇年度は一三億二一〇〇万円、昭和六二年度は二七億三二〇〇万円、昭和六四年度は三四億九四〇〇万円に達する計算であった。

 また、定年延長によって管理職ポストの不足が拡大することが見込まれた。

 一方、当時の各種指標からすると、被上告人の経営効率及び収益力は十分といえるものではなかった。

 8 五五歳定年を六〇歳に延長した多くの地方銀行の例をみると、職位は新設職位へ移行するものがほとんどであり、年間賃金は五四歳時のそれの七〇ないし八〇パーセントどまりで、五〇パーセント程度にしかならない銀行もあり、ベースアップは行われるものの、定期昇給は大部分の銀行で実施されず、賞与については年間三箇月程度が普通で、退職金は五五歳時で計算して加算金を支給する例が多い。

 定年延長後の年間賃金を昭和五八年前後を中心に全国の地方銀行十数行の公表された水準と比較すると、被上告人における五五歳から六〇歳までの間の賃金水準は最上位の部類に属する。

 また、全国家計調査による五五歳から五九歳までの世帯の一箇月の平均消費支出や新潟県下の五〇歳から五九歳までの男子労働者の月額賃金の平均と比較してみても、被上告人において上告人らの受ける年間賃金の月平均額はかなり高い。

二 本件請求

 上告人は、本件定年制導入に関する就業規則の変更は、これに伴って従前の定年後在職制度の下で支給されることとなっていた賃金等の額を減額するものであり、上告人の既得の権利を侵害し、一方的に労働条件を不利益に変更するものであるから、上告人に対してはその効力を生じないとし、被上告人には、第一次的には六〇歳に達した時までの賃金差額の支払義務があり、少なくとも五八歳に達した時までの賃金差額の支払義務があると主張して、右賃金差額及びこれに対する遅延損害金の支払を求めている。

三 当裁判所の判断

  1 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。

 そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労
働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。

 右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更
の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。

 以上は、当裁判所の判例の趣旨とするところである
最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁
最高裁昭和五五年(オ)第三七九号、第九六九号同五八年一一月二五日第二小法廷判決・裁判集民事一四〇号五〇五頁、
最高裁昭和六〇年(オ)第一〇四号同六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号六〇頁
最高裁平成三年(オ)第五八一号同四年七月一三日第二小法廷判決・裁判集民事一六五号一八五頁、
最高裁平成五年(オ)第六五〇号同八年三月二六日第三小法廷判決・民集五〇巻四号一〇〇八頁参照)。

kuma

上記判例は、既出の
秋北バス事件
大曲市農協事件
朝日火災海上保険(高田)事件
です。

 2 これを本件についてみると、定年後在職制度の前記のような運用実態にかんがみれば、勤務に耐える健康状態にある男子行員において、五八歳までの定年後在職をすることができることは確実であり、その間五四歳時の賃金水準等を下回ることのない労働条件で勤務することができると期待することも合理的ということができる。

 そうすると、本件定年制の実施に伴う就業規則の変更は、既得の権利を消滅、減少させるというものではないものの、その結果として、右のような合理的な期待に反して、五五歳以降の年間賃金が五四歳時のそれの六三ないし六七パーセントとなり、定年後在職制度の下で五八歳まで勤務して得られると期待することができた賃金等の額を六〇歳定年近くまで勤務しなければ得ることができなくなるというのであるから、勤務に耐える健康状態にある男子行員にとっては、実質的にみて労働条件を不利益に変更するに等しいものというべきである。そして、その実質的な不利益は、賃金という労働者にとって重要な労働条件に関するものであるから、本件就業規則の変更は、これを受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に、その効力を生ずるものと解するのが相当である。

 3 そこで、以下、右変更の合理性につき、前示の諸事情に照らして検討する。

 まず、本件就業規則の変更により、退職時までの賃金総額の名目額が減少することはなく、退職金については特段の不利益はないものの、従前の定年後在職制度の下で得られると期待することができた金額を二年近くも長く働いてようやく得ることができるというのであるから、この不利益はかなり大きなものである。

 特に、従来の定年である五五歳を間近に控え、五八歳まで定年後在職制度の適用を受けて五四歳時の賃金を下回ることのない賃金を得られることを前提として将来の生活設計をしていた行員にとっては、五八歳から六〇歳まで退職時期が延びること及びそれに伴う利益はほとんど意味を持たないから、相当の不利益とみざるを得ない。

 しかしながら、労働力人口の高齢化を背景として、昭和五〇年代から定年延長等による高年齢労働者の雇用の安定を図る動きが活発になり、昭和五八年当時は、六〇歳定年制の実現が、いわば国家的な政策課題とされ、社会的に強く要請されていたのであり、このような状況の下で、被上告人に対しては、労働大臣や県知事から定年延長の早期実施の要請があり、組合からも同様の提案がされていたというのである。

 したがって、定年延長問題は、被上告人においても、不可避的な課題として早急に解決することが求められていたということができ、定年延長の高度の必要性があったことは、十分にこれを肯定することができる。

 一方、定年延長は、年功賃金による人件費の負担増加を伴うのみならず、中高年齢労働者の役職不足を深刻化し、企業活力を低下させる要因ともなることは明らかである。

 そうすると、定年延長に伴う人件費の増大、人事の停滞等を抑えることは経営上必要なことといわざるを得ず、特に被上告人においては、中高年齢層行員の比率が地方銀行の平均よりも高く、今後更に高齢化が進み、役職不足も拡大する見通しである反面、経営効率及び収益力が十分とはいえない状況にあったというのであるから、従前の定年である五五歳以降の賃金水準等を見直し、これを変更する必要性も高度なものであったということができる。

 そして、円滑な定年延長の導入の必要等からすると、このときに、全行員の入行以降の賃金体系、賃金水準を抜本的に改めることとせず、従前の定年である五五歳以降の労働条件のみを修正したことも、やむを得ないところといえる。

 また、従前の五五歳以降の労働条件は既得の権利とまではいえない上、変更後の就業規則に基づく五五歳以降の労働条件の内容は、五五歳定年を六〇歳に延長した多くの地方銀行の例とほぼ同様の態様であって、その賃金水準も、他行の賃金水準や社会一般の賃金水準と比較して、かなり高いものである。

 定年が五五歳から六〇歳まで延長されたことは、女子行員や健康上支障のある男子行員にとっては、明らかな労働条件の改善であり、健康上支障のない男子行員にとっても、五八歳よりも二年間定年が延長され、健康上多少問題が生じても、六〇歳まで安定した雇用が確保されるという利益は、決して小さいものではない。

 また、福利厚生制度の適用延長や拡充、特別融資制度の新設等の措置が採られていることは、年間賃金の減額に対する直接的な代償措置とはいえないが、本件定年制導入に関連するものであり、これによる不利益を緩和するものということができる。

 さらに、本件就業規則の変更は、行員の約九〇パーセントで組織されている組合(記録によれば、第一審判決の認定するとおり、五〇歳以上の行員についても、その約六割が組合員であったことがうかがわれる。)との交渉、合意を経て労働協約を締結した上で行われたものであるから、変更後の就業規則の内容は労使間の利益調整がされた結果としての合理的なものであると一応推測することができ、また、その内容が統一的かつ画一的に処理すべき労働条件に係るものであることを考え合わせると、被上告人において就業規則による一体的な変更を図ることの必要性及び
相当性を肯定することができる。

 上告人は、当時部長補佐であり、労働協約の定めにより組合への加入資格を認められておらず、組合を通じてその意思を反映させることのできない状況にあった旨主張するが、本件就業規則の変更が、変更の時点における非組合員である役職者のみに著しい不利益を及ぼすような労働条件を定めたものであるとは認められず、右主張事実のみをもって、非組合員にとっては、労使間の利益調整がされた内容のものであるという推測が成り立たず、その内容を不合
理とみるべき事情があるということはできない。

 以上によれば、本件就業規則の変更は、それによる実質的な不利益が大きく、五五歳まで一年半に迫っていた上告人にとって、いささか酷な事態を生じさせたことは想像するに難くないが、原審の認定に係るその余の諸事情を総合考慮するならば、なお、そのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであると認めることができないものではない

 上告理由の指摘するとおり、不利益緩和のため、五五歳を目前に控えており、本件定年制の実施によって最も現実的な不利益を受ける者のために、定年後在職制度も一定期間残存させ、五五歳を迎える行員にいずれかを選択させるなどの経過措置を講ずることが望ましいことはいうまでもない

 しかし、労働条件の集合的処理を建前とする就業規則の性質からして、原則的に、ある程度一律の定めとすること
が要請され、また、本件就業規則の変更による不利益が、合理的な期待を損なうにとどまるもの
であり、法的には、既得権を奪うものと評価することまではできないことなどを考え合わせると、本件においては、このような経過措置がないからといって、前記判断を左右するとまではいえない

 したがって、本件定年制導入に伴う就業規則の変更は、上告人に対しても効力を生ずるものというべきである。

 四 以上に説示したところによれば、右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

 論旨は、違憲をいう点を含め、その実質は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は右と異なる見解に基づいて原判決の法令違背若しくは条約違背をいうものであって、採用することができない。

 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官河合伸一の反対意見があるほか、
裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

kuma

以下、河合裁判官の反対意見が
続きます。

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反対意見

 裁判官河合伸一の反対意見は、次のとおりである。

 一 本件は、被上告人に雇用された労働者であった上告人が、就業規則の変更により、賃金等の労働条件に関して実質的な不利益を受けた事案である。

 多数意見は、このような就業規則の変更であっても、その実質的な不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合は、有効であり、右合理性の有無は、その掲げるような具体的諸事情を総合考慮して判断すべきであるとする。

 多数意見の右趣旨については、私も異を唱えるものではない。

 しかし、私は、本件就業規則の変更によって上告人が受けた不利益の内容及び程度からして、これを緩和する何らの措置も設けずにされた本件変更は、特別の事情がない限り、合理的とはいえないと考えるものである。

 二 本件就業規則の変更により、従前の定年後在職制度が廃止され、本件定年制が新設されたのであるが、右変更が実施される前日の昭和五八年三月三一日において、上告人は五三歳四箇月に達していた。

 そして、当時、上告人は、被上告人の男子行員として勤務に耐える健康状態にあったから、もし右変更により定年後在職制度が廃止されなければ、一年八箇月足らずの後には、五八歳までの右定年後在職制度の適用を受けることができたことは、確実であった。

 しかるに、右変更の結果、上告人が五五歳達齢時以降五八歳達齢までの間に本件定年制によって現実に得た賃金は、従前の定年後在職制度によって同期間に得られたはずの賃金に比較し、著しく減額されたものとなった。その減額の程度は多数意見の要約するところであるが、これを別言すれば、上告人は、五五歳からの三年間、毎年、賃金の三七ないし三三パーセント、金額にして年平均三一四万円余を失うこととなったというのである。

 このような賃金の減額が、三年間にわたり、上告人の日々の生活に深刻な打撃を与えるものであったことは、多言を要しないところである。

 三 これに対し、本件就業規則の変更に伴い上告人が直接に得た利益として考慮の対象となるのは、次のとおりであり、これらを総合しても、とうてい右賃金減額による不利益を償うにはほど遠いものであった。

 1 五八歳達齢後六〇歳定年時までの雇用と賃金

 上告人は、本件定年制の新設により、従前の定年後在職制度による期間を超えて、五八歳達齢時から更に二年間、被上告人に雇用され、その間に賃金として合計一一五〇万円余を得た。

 しかし、上告人は、右の間、被上告人の行員として労務を提供していたものであるところ、右賃金の額がその提供労務の価値に対して過大であるとか、上告人が、もし被上告人に雇用されなければ、同期間、他に就職することが不可能であったなどの事情は認定されていないのであるから、右二年間の雇用と賃金をもって、前記の賃金減額を実質的に補うものということはできない。

 2 退職金

 上告人が六〇歳退職時に受けた退職金は、定年後在職制度の下で受けたはずの退職金及び特別慰労金の合計額より二四万円多かった。

 しかし、一般に退職金は賃金の後払いとしての性質も有するところ、上告人は定年後在職期間よりも二年多く被上告人と雇用関係にあったこと等からして、右増加額をもって前記賃金減額に対する代償ということはできない。

 3 福利厚生制度

 本件就業規則の変更に伴い、福利厚生制度についても、若干の改善が見られた。

 しかし、そのうち、災害補償、家族年金等は、所定の期間内に被災・死亡・廃疾等の事態が発生しなければ具体的な利益とはならないものであり、特別融資制度も、その必要のない者には意味がなく、いずれも前記賃金減額の代償とするに足りるものではない(右制度改善による利益それ自体を金額評価するとすれば、保険の考え方によるべきものであろうが、いずれにしてもさしたる金額にはならないであろう。)。

 四 右のように、本件就業規則の変更は、上告人に対し、現実に多大な損失を被らせるものであるとともに、それを直接に埋め合わせる代償措置にはほとんど見るべきものがなく、全体として、上告人に対し、著しい不利益を及ぼすものであった。

 もっとも、そのことから直ちに、右変更の効力が否定されるものではない。

 使用者による労働者の解雇が制限され、終身雇用が一応の前提とされてきた我が国の労働事情の下では、企業の存続ないし発展は個々の労働者の利益にもつながるものと観念される面があるから、就業規則の変更が企業の存続ないし発展のために必要かつ合理的なものである限り、たとえそれが個々の労働者にとって不利益を伴うものであっても、当該労働者においてこれを受忍せざるを得ない場合があるからである。

 そして、本件において、被上告人の側に定年延長の必要があったこと、そのためには、従前の定年後在職制度を見直し、賃金体系等を変更する必要があったこと、及び、女子行員や健康上の支障のある男子行員も含めた全労働者の関係において見ると、変更後の就業規則に基づく労働条件には、それなりの合理性が認められることは、多数意見の指摘するとおりである。

 五 すなわち、本件の就業規則変更は、企業ないし労働者全体の立場から巨視的に見るときは、その合理性を是認し得るものである反面、これをそのまま画一的に実施するときは、一部に耐え難い不利益を生じるという性質のものであった。

 一般に、このような矛盾は制度の新設・変更の場合にしばしば生じるものであって、その合理的解決のためには、一部に生じる不利益を救済ないし緩和する例外的措置(以下「経過措置」という。)を設けることが通常考えられるところである。

 もとより、就業規則は、労働関係の集合的・統一的処理を行うためのものとして、画一性を建前とするものである。

 しかし、この建前は絶対のものではあり得ない。

 そのことは、本来画一的適用を最も重視すべき法律の新設・改正においてもしばしば経過措置が設けられていることや、たまたま多数意見が引用する当裁判所判例五件のうち三件(昭和四三年一二月二五日大法廷判決、同六三年二月一六日第三小法廷判決、平成八年三月二六日第三小法廷判決)の事案がそれぞれ経過措置の設けられていたものであったことによっても、明らかである。

 すなわち、就業規則について画一性の要請があることは一般論としては正しいけれども、他方、具体的事情によっては例外的に経過措置を設けるべきであることも、一般論として正しいのである。

 そして私は、本件就業規則の変更が上告人に対して及ぼす不利益が賃金という労働者にとって最も重要な労働条件に関するものであり、しかも、その程度が前示のとおり著しいものであったことからすれば、これを緩和する何らかの経過措置を設けることについても具体的に検討し、それが被上告人の資金的・事務的能力からして極めて困難であったとか、就業規則変更の目的に照らして明らかに不相当であったなど、特別の事情が認められない限り、そのような経過措置なしに右不利益をそのまま上告人に受忍させることを許容することはできない、と考えるのである。

 六 多数意見は、何らの経過措置がなくても本件就業規則の変更を有効と認め得る理由の一つとして、それが、上告人の合理的な期待を損なうにとどまり、法的には、既得権を奪うものと評価できないことを挙げる。

 1 しかし、仮に上告人が有していた利益が「合理的期待」にとどまるとしても、それは、長年の間行われてきた定年後在職制度の適用を目前にしていた上告人にとっては、現実の具体的利益であったから、いわゆる「権利ないし法的地位」に極めて近接したものであったことは否定できない。

 それだからこそ、多数意見も、これを奪うことになる就業規則の変更は、上告人にそれを受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に、初めてその効力を生ずるものとしているのであろう。

 そうだとすれば、結局は、上告人の右利益に対比しての、被上告人側の必要性と合理性の衡量の問題に帰着するのであって、私は、前述の理由により、本件では、この衡量に当たって経過措置設定の可能性ないし相当性を具体的に吟味することが不可欠であると考えるのである。

 その吟味の結果、例えば、上告人と同様の状況にある者がそれほど多くなく、それらの者に従前と同じか又は一部修正した定年後在職制度を選択させることにしても、それによる資金的・事務的負担等が当時の被上告人に耐え得るものであり、その他そうすることを特に不相当とする理由がなかったと判断されるならば、そのような経過措置なしにその「合理的期待」を全面的に奪う就業規則の変更をそのまま同人らに受忍させることに、「高度の必要性に基づいた合理性」を認めることは困難であろう。

 2 のみならず、私は、上告人が有していた利益をもって、単なる「合理的期待」にとどまると断定することに賛成できない。

 確かに、退職金の計算上定年後在職期間が勤続年数に算入されないことなどからすれば、定年後の在職は、定年前の在職とは別異の待遇であったとみるべきものである。

 しかし、上告人の主張は、定年後在職制度によってその別異の待遇を受けることができる利益を有していたものであり、それが「権利ないし法的地位」に当たるというところにあるのである。

 そして、右主張の当否につき判断するに際しては、同制度の実際上の運用がどうであったかが特に重要であるところ、原判決は、昭和四二年度から同五七年度までの一六年間に五五歳定年に達した男子行員のうち約九三パーセントが定年後も在職し、その約七、八割が五八歳まで勤務していたことを認定している。

 しかし、定年後在職制度は、男子行員のうち、健康上の理由等で勤務に耐えない者及び希望しない者には適用されないのであるから、右の定年後在職しなかった者、あるいは五八歳まで勤務しなかった者のうちに、これら欠格事由に当たる者がどの程度含まれていたのかを確定しなければ、同制度の適用についての被上告人の裁量権限の存否ないし程度を確定できず、ひいては上告人の前記主張に対する的確な判断もできない筋合いである。

 しかるに原判決は右につき事実を確定していないのであるが、記録によれば、右の非適用者中には相当数の欠格者が含まれていたことがうかがえるのである。

 したがって、この点につき審理を尽くせば、右制度が適用された者の割合は更に上昇し、これに加えて、原判決が確定した、被上告人発行の広報や従業員組合の組合員必携に「定年五八歳」との趣旨の記載があった等の事実を併せて考えれば、上告人の前記主張を肯定すべきものと判断される可能性が十分にあると思われるのである。

 七 原判決は、経過措置を設けるか否かは当該企業の経営判断にゆだねるほかないことであるから、被上告人がこれを設けなかったことをもって本件就業規則の変更が合理性を欠くとすることはできないとする。

 もとより、経過措置を設定するか否かは、その措置の内容を含めて、第一次的には企業が判断し、決定すべきことである。しかし、その判断及び決定の当否もまた、司法審査に服することは当然である。

 殊に本件では、上告人が具体的な経過措置の例を示して、司法審査を求めているのであるから、原審としては、前示のところに従い、それらの経過措置を設けることによる被上告人の負担等を具体的に審理すべきであり、その結果、そのような経過措置を設けることが著しく困難又は不相当であったなど特別の事情が認められない限り、本件就業規則の変更は、少なくとも上告人に対する関係では合理性を失い、これを上告人に受忍させることを許容することはできないと判断すべきであった。

 そしてその場合には、労働協約に基づく被上告人の主張が肯定されない限り、定年後在職制度によった場合との賃金差額等の支払を求める上告人の予備的請求を是認すべきこととなるのである。

 八 すなわち、原判決には、就業規則の変更に関する法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽の違法があって、この違法が判決に影響することが明らかであるから、これを破棄し、前記の諸点及び被上告人の右主張につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すべきものである。

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就業規則。定年延長。不利益変更。

kuma