平成1(オ)399 最高裁第三小法廷 平成4年(1992年) 6月23日

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主文

原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する。
前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

kuma

文中の下線(アンダーライン)は、
判決文に下線が引いてある部分です。

 上告代理人中村巖、同吉永満夫、同山嵜進、同築地伸之、同武内更一の上告理由第一点及び上告代理人小谷野三郎の上告理由第一について


 一 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

kuma

最初に事実確認があります。

 1 上告会社は、昭和二〇年一一月に創立されたニュースの提供を主たる業務目的とする通信社であり、昭和五五年六月当時の職員総数は一二一七人であるが、上告会社においては、官公庁、企業に対する専門ニュースサービスを主体としているため、新聞、放送等のマスメディアに対する一般ニュースサービスの比重は、昭和五五年当時、収入面でみれば、全収入の一二ないし一四パーセント程度のものであり、これに従事する人員も同業の他社や大手の新聞社に比較して少数であった。

 上告会社本社においてニュース取材を担当する編集局は、昭和五五年八月当時、第一編集局(職員数三八七人)と第二編集局(職員数二五人)に分かれ、それが更に一七か部に分かれており、被上告人の所属する社会部は、第一編集局に属していた。

 社会部は、前記の一般ニュースサービスのための取材を中心としており、昭和五五年八月当時の人員は四一人で、内勤が一〇人(部長一人、次長(デスク)四人、遊軍三人、デスク補助二人)、その他の三一人が各記者クラブに所属する外勤であり、その人員規模は、同業の他社や最大手の新聞社の二分の一以下であって、外勤記者の記者クラブ単独配置、かけもち配置もかなり行われていた。

 また、社会部に、どの記者クラブとも関連の薄い事件の取材、大事件の応援、デスク補佐等を行うため、右遊軍記者三人が配置されたのは、昭和五五年七月になってからであった。

 上告会社において、記者クラブ所属の記者が長期欠勤や長期出張で一箇月近くも不在で取材活動を行うことができないような場合にその職務を他の部の記者が代替した事例はなく、そのような場合は、不在の記者の所属部において賄うのが慣例とされていた。

 2 被上告人は、昭和四二年四月に上告会社に入社し、大阪支社、本社第一編集局スポーツ部、同経済部に順次配属され、モスクワ支局特派員勤務を経た後、本社第一編集局社会部に勤務している記者であり、昭和五三年四月からは科学技術庁の科学技術記者クラブに所属している。被上告人が右記者クラブに所属後、約一年間は、右記者クラブに多年にわたり配属されていたD記者との複数配置であったが、昭和五四年三月ころ同記者が退職して以降は、右記者クラブには非常勤の記者の配属もなく、被上告人の単独配置となった。

 被上告人が右記者クラブ所属の記者として担当すべき分野は、科学技術庁、原子力委員会、原子力安全委員会の所管事項に対応して、原子力関係、エネルギー研究開発関係、宇宙開発関係、海洋資源開発関係、ライフサイエンス関係、防災科学関係等の多岐にわたっているが、なかでも原子力関係が大きな比重を占めていた。

 昭和五四年三月にアメリカ合衆国スリーマイル島の原子力発電所の事故が発生し、それ以降、我が国の国民の間でも、原子力発電所及びその事故に対する関心が高まっていたが、被上告人は、原子力の安全規制関係全般がその担当分野とされ、原子炉関係の重大事故はすべて取材対象とされていたため、実用発電用原子炉に事故が起こった場合の事故原因の技術的解説記事や安全規制問題についての解説記事は、被上告人が担当すべきものとされていた。

 被上告人の右担当職務は、多方面にわたる科学技術に関するものであり、その取材活動には、その分野についてのある程度の専門的知識の蓄積が必要であり、被上告人も、右記者クラブに配属されるまで、科学技術分野についての格別の知識、経験を有していたわけではないが、昭和五五年八月当時には、右記者クラブに所属してからの取材活動や学習により、その担当分野につき、相当の専門的知識、経験を有していた。

 3 被上告人は、昭和五五年当時において、前年度の年次有給休暇の繰越日数二〇日間を加えた四〇日間の年次有給休暇日数を有していたので、同年六月二三日、社会部長Eに対し、口頭で、同年八月二〇日ころから約一箇月間の有給休暇を取って欧州の原子力発電問題を取材したい旨の申入れをした上、同年六月三〇日、同部長に対し、休暇及び欠勤届(同年八月二〇日から九月二〇日まで。

 ただし、うち所定の休日等を除いた年次有給休暇日数は二四日である。)を提出し、年次有給休暇の時季指定をした。

 E社会部長は、被上告人の右年次有給休暇の時季指定に対し、科学技術記者クラブの常駐記者は被上告人一人だけであって一箇月も専門記者が不在では取材報道に支障を来すおそれがあり、代替記者を配置する人員の余裕もないとの理由を挙げて、被上告人に対し、二週間ずつ二回に分けて休暇を取ってほしいと回答した上、同年七月一六日付けで八月二〇日から九月三日までの休暇は認めるが、九月四日から同月二〇日までの期間(ただし、被上告人が休暇の始期を遅らせたときは、九月四日からその遅らせた日数だけ後の日から同月二〇日までの期間)中の勤務を要す
る日に係る右時季指定については業務の正常な運営を妨げるものとして、時季変更権を行使した。

 その後、被上告人の所属する労働組合である時事通信労働者委員会と上告会社との間で本件時季指定と時季変更権の行使に関し、団体交渉が行われたが、妥協点を見いだせなかった。

 被上告人は、本件時季変更権の行使を無視して同年八月二二日から同年九月二〇日までの間、欧州の原子力発電問題を取材する旅行に出発して、その間の勤務に就かなかった。

 なお、被上告人は、その出発の前日、E社会部長に対し、同年八月二二日から右旅行に出発するが、上告会社が憂慮する原子力発電所事故等の突発的大事件が発生した場合には旅行日程を切り上げて帰国する用意があるとしてその際の緊急連絡先(ただし、具体的には在外公館の電話番号)を記載した書面を提出した。

 そこで、上告会社は、同年一〇月三日、被上告人が時季変更権の行使された同年九月六日から同月二〇日までの間の勤務を要する日一〇日間について業務命令に反して就業しなかったことが、職員就業規則に基づく職員懲戒規程四条六号所定の懲戒事由である「職務上、上長の指示命令に違反したとき」に該当するとして、被上告人を懲戒処分としてのけん責処分に処し、また、同年一二月に支給した賞与について、この一〇日間の欠勤があることを理由として被上告人には四万七六三八円少なく支給した。

 4 被上告人が本件休暇による旅行中で勤務に就かなかった間は、社会部のデスク補助担当で気象庁記者クラブにも所属していたF記者が、かつて科学技術記者クラブの非常勤の記者として勤務した経験を有することから、被上告人の代わりに右記者クラブを担当し、右代替期間中、科学技術関連記事一五本を出稿した。

 二 原審は、右事実に基づき、被上告人が時季指定をした本件休暇の期間中、被上告人の職務の代替が著しく困難であったとはいえず、比較的担当職務の暇な外勤記者やデスク補助記者により被上告人の職務を代替する方法も採り得るところであったとし、また、被上告人の本件休暇取得により上告会社の社会部の業務に支障が生ずるとしても、それは科学技術記者クラブに被上告人を単独配置するという上告会社の不適正な人員配置に起因するものであるから、これにより生ずる業務上の支障を重視すべきではないなどと説示した上、上告会社の本件時季変更権の行使は、労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの。以下同じ。)三九条三項ただし書所定の要件を欠く違法なものであり、本件休暇は有効に成立しているから本件けん責処分は違法、無効であるとして、本件けん責処分が無効であることを確認するとともに、被上告人が違法な本件けん責処分により被ったと主張する損害(前記賞与減額分、慰謝料及び弁護士費用)についての賠償請求の一部を認容し、合計金一六万七六三八円とこれに対する昭和五六年五月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払うべきである、と判断した。

kuma

事実確認はここまで。

 三 しかしながら、上告会社の本件時季変更権の行使が労働基準法三九条三項ただし書所定の要件を欠く違法なものであるとした原審の判断は、是認することができない。

 その理由は、次のとおりである。

 年次有給休暇の権利は、労働基準法三九条一、二項の要件の充足により法律上当然に生じ、労働者がその有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して休暇の時季指定をしたときは、使用者が適法な時季変更権を行使しない限り、右の指定によって、年次有給休暇が成立して当該労働日における就労義務が消滅するものである
最高裁昭和四一年(オ)第八四八号同四八年三月二日第二小法廷判決・民集二七巻二号一九一頁同昭和四一年(オ)第一四二〇号同四八年三月二日第二小法廷判決・民集二七巻二号二一〇頁参照)。

kuma

上記の2つの判例は既出の、
未払賃金請求【白石営林署事件】
賃金請求【白石営林署事件】
です。

 そして、同条の趣旨は、使用者に対し、できる限り労働者指定した時季休暇を取得することができるように、状況に応じた配慮をすることを要請しているものと解すべきであって、そのような配慮をせずに時季変更権を行使することは、右の趣旨に反するものといわなければならない
最高裁昭和五九年(オ)第六一八号同六二年七月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻五号一二二九頁、同昭和六〇年(オ)第九八九号同六二年九月二二日第三小法廷判決・裁判集民事一五一号六五七頁参照)。

kuma

上記判例は、既出の
弘前電報電話局事件】です。

 しかしながら、使用者が右のような配慮をしたとしても、代替勤務者を確保することが困難であるなどの客観的な事情があり、指定された時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げるものと認められる場合には、使用者の時季変更権の行使が適法なものとして許容されるべきことは、同条三項ただし書の規定により明らかである。

 労働者が長期かつ連続の年次有給休暇を取得しようとする場合においては、それが長期のものであればあるほど、使用者において代替勤務者を確保することの困難さが増大するなど事業の正常な運営に支障を来す蓋然性が高くなり、使用者の業務計画、他の労働者の休暇予定等との事前の調整を図る必要が生ずるのが通常である。

 しかも、使用者にとっては、労働者が時季指定をした時点において、その長期休暇期間中の当該労働者の所属する事業場において予想される業務量の程度、代替勤務者確保の可能性の有無、同じ時季に休暇を指定する他の労働者の人数等の事業活動の正常な運営の確保にかかわる諸般の事情について、これを正確に予測することは困難であり、当該労働者の休暇の取得がもたらす事業運営への支障の有無、程度につき、蓋然性に基づく判断をせざるを得ないことを考えると、労働者が、右の調整を経ることなく、その有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定
して長期かつ連続の年次有給休暇の時季指定をした場合
には、これに対する使用者の時季変更権の行使については、右休暇が事業運営にどのような支障をもたらすか、右休暇の時期、期間につきどの程度の修正、変更を行うかに関し、使用者にある程度の裁量的判断の余地を認めざるを得ない

 もとより、使用者の時季変更権の行使に関する右裁量的判断は労働者の年次有給休暇の権利を保障している労働基準法三九条の趣旨に沿う合理的なものでなければならないのであって、右裁量的判断が、同条の趣旨に反し、使用者が労働者に休暇を取得させるための状況に応じた配慮を欠くなど不合理であると認められるときは、同条三項ただし書所定の時季変更権行使の要件を欠くものとして、その行使を違法と判断すべきである。

 右の見地に立って、本件をみるのに、前記の事実関係によれば、次のことが明らかである。

(1) 被上告人は上告会社の本社第一編集局社会部の記者として科学技術記者クラブに単独配置されており、担当すべき分野は、多方面にわたる科学技術に関するものであり、原子力発電所の事故が発生した場合の事故原因や安全規制問題等についての技術的解説記事がその担当職務であって、その取材活動、記事の執筆には、ある程度の専門的知識が必要であり、被上告人も、昭和五五年八月当時には、右担当分野につき、相当の専門的知識、経験を有していたことから、社会部の中から被上告人の担当職務を支障なく代替し得る勤務者を見いだし、長期にわたってこれを確保することは相当に困難である。

(2) 当時、上告会社の社会部においては、外勤記者の記者クラブ単独配置、かけもち配置がかなり行われており、被
上告人が右記者クラブに単独配置されていることは、異例の人員配置ではなく、これは、上告会社が官公庁、企業に対する専門ニュースサービスを主体としているため、新聞、放送等のマスメディアに対する一般ニュースサービスのための取材を中心とする社会部に対する人員配置が若干手薄とならざるを得なかったとの企業経営上のやむを得ない理由によるものであり、年次有給休暇取得の観点のみから、被上告人の右単独配置を不適正なものと一概に断定することは適当ではない。

(3) 被上告人が当初年次有給休暇の時季指定をした期間は昭和五五年八月二〇日から同年九月二〇日までという約一箇月の長期かつ連続したものであり、被上告人は、右休暇の時期及び期間について、上告会社との十分な調整を経ないで本件休暇の時季指定を行った

(4) 上告会社のE社会部長は、被上告人の本件年次有給休暇の時季指定に対し、一箇月も専門記者が不在では取材報道に支障を来すおそれがあり、代替記者を配置する人員の余裕もないとの理由を挙げて、被上告人に対し、二週間ずつ二回に分けて休暇を取ってほしいと回答した上で、本件時季指定に係る同年八月二〇日(ただし、同月二二日に変更)から九月二〇日までの休暇のうち、後半部分の九月六日以降についてのみ時季変更権を行使しており、当時の状況の下で、被上告人の本件時季指定に対する相当の配慮をしている

 これらの諸点にかんがみると、社会部内において前記の専門的知識を要する被上告人の担当職務を支障なく代替し得る記者の確保が困難であった昭和五五年七、八月当時の状況の下において、上告会社が、被上告人に対し、本件時季指定どおりの長期にわたる年次有給休暇を与えることが「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するとして、その休暇の一部について本件時季変更権を行使したことは、その裁量的判断、労働基準法三九条の趣旨に反する不合理なものであるとはいえず、同条三項ただし書所定の要件を充足するものというべきであるから、これを適法なものと解するのが相当である。

 四 そうすると、以上判示したところと異なる見解に立って、上告会社の本件時季変更権の行使を違法とした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

 これと同旨をいう論旨は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中の上告会社敗訴部分は破棄を免れない。

 そして、本件時季変更権の行使及び本件懲戒処分が不当労働行為に該当するとの被上告人の主張の当否について更に審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

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キーワード

年次有給休暇。長期。時季指定。時季変更権。裁量判断。

kuma